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始まりの始まりも、今はじまったばかり【二】-(8)2012年6月18日 (月曜日)

2012年6月18日 (月曜日)

始まりの始まりも、今はじまったばかり【二】-(8)

「始まりの始まりも今始まったばかり」の 最後の文章 
         映画『道─白磁の人』を薦める 私にも見果てぬ夢がある
        吉田 悟郎 (旧制成城高校新聞部OB)
 

私は2008年7月16日付で、『ある編集者の歴史 その9』に「朝鮮五葉松の目線で東北アジアを巡る」という文章を投稿したことがある。
鶴見良行の名著『なまこの目』にあやかった連作を20世紀の85年代から始めて90年代にかけて富士山麓の十里木の山荘でワープロでつくったものである。

2000年4月以降はパソコンのネットを借りての連作の補充を試みた。
私が80歳の手習いでパソコンをはじめたのも、こうして完成した連作『朝鮮五葉松への旅─東北アジア史のひとつの試み』(目次・序・一~四話・むすび・こぼれ話1~4)を、どうにかしてネットで披露したいという思いからであった。
畏友目良誠二郎さんがその友人にワープロのフロッピーをパソコン用に変換する作業をすることを頼んでくれたのである。北海道の高橋延清さんの詩にある。

「森にはなにひとつ無駄がない
植物も動物も微生物もみんな連なって居る
一生懸命生きている
一種の生き物が森を支配することないように
調和の世界に森に美もあり愛もある
はげしい闘いもある、だがウソがない」
            ―高橋延清『どろ亀さん』より―

 私は東京近辺から国内さまざまなところに実在する朝鮮五葉松を訪ね、本・雑誌・テレビ・映画などで朝鮮五葉松の痕跡を捜し求めた。こうして完成した連作は、いまはネットのなかで眠っている。
孫娘のあやち・クローデルが、彼女の発案で『吉田悟郎の ブナ林便り・転』というサイトをつくり、そのなかに「朝鮮五葉松への旅」全編 を収録してくれたし、GOOGLE検索で引けばそれぞれ読むことも出来る。
この松は、今の日本では珍しくなったが、昔は日本を含めて東北アジア世界全体にわたって国や民族の境を越えて生き続け大きな松の実を美味の食料として人々に賞味されてきた。

 私の連作の第一話は、「朝鮮半島を緑に―朝鮮五葉と淺川巧」である。陶芸家沈寿官さんは言う、「植民地支配の暗黒時代に清流のような日本人がいたことを知ってほしい」。
淺川巧は山梨県出身荒廃した朝鮮半島の山野を再生しようと朝鮮総督府林業試験場で働き、自然に学び露天埋蔵法を発見、朝鮮半島の癌であるはげ山を緑化する突破口を開く。
また白磁など朝鮮の優れた伝統陶芸の価値を再発見、美術館建設にも尽力した。
 言葉を覚え、白磁は青磁と違い民の用の具としてどの民どの里でもざらにあり、その美しいかけらもどの家どの里にも埋もれていたのです。朝鮮の人々と差別なく付き合い、40歳で亡くなった。柩をかつぐため多くの村人が葬儀に参加した。
墓は今も京城郊外清涼里、現ソウル市 東大門区 マンウリにある。
 
柳宗悦は淺川巧を追悼する雑誌に「あんなに朝鮮のことを内からわかっていた人を私は他に知らない。本当に朝鮮を愛し朝鮮人を愛した、そうして本当に朝鮮人から愛されたのである。」と書き、淺川の死を「取り返しのつかない,損失である」と書いた。25、6年前に十里木山荘のワープロで打った連作『朝鮮五葉松』第一話「朝鮮半島に緑を―淺川巧と朝鮮五葉」に次のような箇所がある。<江宮隆之氏の小説『白磁の人』に次のようなくだりがある。
 <だが、この半島巡り(種子採集の山歩き)は巧に種子採集とは別に、朝鮮人の暮らしの実情を教えてくれることになった。
日本に併合された明治四十三年(一九一○)以来、吾がもの顔で闊歩する日本人の中で朝鮮人は小さくなって暮らしていたのである。
同時に、朝鮮の山々が父祖伝来の入会権を無視されて日本人の個人所有になっている事実をも目の当たりにした。日本に併合される前には、朝鮮の山はその多くが共同利用地となっていた。無主公山─ムシュコンサンと呼ばれて、個人所有者こそいないものの、共同で入会権を持つ山である。
ところが軍用木材を必要としていた日本は傀儡の朝鮮政府(韓国政府)に「森林法」を公布させて、その無主公山を国有林とした。その後に日韓併合を果たしてそのまま大日本政府の国有林とすり替えたのであった。
朝鮮の人々は、共同利用地としての入会権を失った。
朝鮮総督府は、こうしてほぼ簒奪に等しいやり方で手に入れた朝鮮の山々を今度は「朝鮮特別縁故譲与令」というおかしな名目の、分ったような分らないような名称の法令によって、日本人や親日派の一部の朝鮮人地主などに分け与えてしまった。
新地主たちは、軍用材などの需要に応えるために、与えられた山林を乱伐していった。巧が林業試験場に雇われたのは丁度この時期であったが、そんな事実を知っていない。それだけに実情を知らされるにつれて巧の驚きは深まる一方であった。冠岳山という山の麓では老僧がこう話した。>
江宮の小説で脚色されているのは、三幕寺の老僧のことばだが、草風館版『淺川巧全集』282~283頁の淺川巧の原文から拾いなおしておく(→全集中の「窯跡巡りの一日」)。

< 以前はこの辺一帯は立派な森林であった。それは寺で保護していたのでよかったが、総督府になってから取り上げられて、寺持ちの森林は寺の周囲僅かの部分に限られたので、この頃は寺では薪にも不自由する程になった。
今、この山は日本人の金持ちが独りで手に入れて経営しているが、年々荒れるばかりで、有名な冠岳山の松茸も近年は寺の付近だけにしか生えない>。

 巧は、王子製紙の社長の晩餐会に招待された夜の日記にこう記している。
<彼らはこれから朝鮮の国境の森林をねらって居ることは明らかだ。
北海道も彼らによって裸にされた。樺太だってもういくらも余さないだろう。
それでこれからは鴨緑江上流から西比利亜に見込みをつけて居るだろう。
・・・兎に角あんな工業は森林を荒らすにきまって居る。此処十数年で朝鮮の森林をも松毛虫の様に食ひ尽すであらう。
製紙事業は今の世に必要にきまって居るから利用するのは一向差支へないが、これにともなふて跡地の荒れない様の伐採法と森林が永続する様の造林法が実現されることが必要だと思ふ。>
(『淺川巧全集』草風館版、48~49頁)


淺川巧の夢─朝鮮半島を緑の半島にという夢は、朝鮮五葉松の露天埋蔵法の発見、その普及の開始。それは植民地として朝鮮を支配し収奪する日本帝国の政策とぶつからざるを得なかったであろう。
 朝鮮総督府、それは淺川らの上司であった。そして日本の軍隊・警察の横暴、金持ちなど日本人や一部親日朝鮮人らの専横、朝鮮の自然の軍事的破壊と利用、王子製紙などの森林乱伐とその後の手当ての手抜き等、巧の嘆くこと、さぞかし深かったであろう。
彼は1931年に急性肺炎でなくなり、戦争下の朝鮮と朝鮮人の命と運命を見ないですんだのは、むしろ幸いだったかもしれない。
江宮隆之が書いた『白磁の人』を原作にした日韓協力の映画『道・白磁の人』が封切られている。明日日曜日、大泉のTジョイで上映しているのを早朝見に行く。
 日韓共同制作の映画『道・白磁の人』を見た。
朝鮮五葉松がどう取り上げられているかに関心があったが、はじめからおわりまで―気づく人はすくないかもしれないが―朝鮮五葉松が出てくるので、大いに満足した。
林業試験場の技手として淺川が朝鮮人の同僚かつ親友とともに山道で朝鮮五葉松の種子をさがして拾い集めている場面、試験場の苗圃でみんなが働いている場面、自然法に学んで淺川が露天埋蔵法を見というか開発する場面、彼が植えたであろう朝鮮五葉松の前に臥せて松をいとおしむ場面、解放・独立回復後釈放された淺川の親友─彼から淺川はハングルを学び、朝鮮人の暮らしや心を学んだーが、夭折した亡き淺川を偲び、やはりその五葉松にひれ伏し泣き叫ぶ場面。どこかで淺川が植えたという青瓦台前の「ダイショウ松」も出てきた。
映画を見たあと、“Tジョイ大泉”のショーウィンドウにかざられていた映画制作委員会事務局長をつとめて映画の完成まで紆余曲折の苦労をされた小澤龍一さんの書いた『道・白磁の人 浅川巧の生涯』を購入して一気に読了したが、それにはチョウセンカラマツとあって「朝鮮五葉松」とは注意していなかった。

私の筆名。ツイート名PINUSKORAIE (朝鮮五葉松=高麗松の学名)である。

小澤龍一さんの著書は前半部が淺川兄弟の生涯であり、後半部分の2004年以来の映画制作の苦労話が書かれている。読み応えがある。
映画はぜひ自分で見ていただきたい。
少し印象に残る映像をあげれば、淺川の故郷の風土の一端、ナシの樹、遠く富士が見える、韓国・朝鮮の風土、村人・町人、物売り、こじき。そして朝鮮総督府とその時代の朝鮮の街並み(セットだろうが)、三一運動とその鎮圧 日本憲兵が象徴する帝國・日本人の専横、関東大震災時の朝鮮人虐殺、帝國の崩壊と独立回復など。帝國を背後に踏みつけるものと踏みつけられるものの暮らしと心の越えがたい格差、これはいやというほど味わわされよう。とにかく、淺川巧を主人公にしたから、はじめて描けた作品であろう。

<民族の壁を超え時代の壁を超えて生きた人>がこの映画で完全に描ききれたとはとてもいえない重く凄惨なむごい「日韓強制合併」実は「朝鮮併呑」の歴史であったのだ。しかも、その悪行、ひどい恥ずべき歴史はいまだ清算されてはいないし、朝鮮・朝鮮人差別は在日差別を含めて根強く今日の日本人に残っている。淺川兄弟の生きた時代はまだ終わってはいないといえよう。<明日、世界がほろびるとしても、今日、二人は木を植える>。


 ところで、91歳まで生き延びた私には、まだ見果てぬ夢がある。
これは多分私の生きているうちには とても実現できない夢だと思う。これからの若い人たち、幼い人たちにでも試行してもらえたらという大それた夢を語らせていただいて、この文章を終えたい。


私の『朝鮮五葉松への旅』をほんの一つのささやかなテストケースにしてという夢である。
映画なりシンフォニーなりの形式で将来東アジア世界 東北アジア世界を描けないかという夢である。
人類史のなかで 世界史のなかで 東アジア 東北アジアは国や民族 言語 宗教 イデオロギーを超えてつながって生きてきた。近代人以外の生物 無生物はそれを知っている。
 シンフォニーだったらそれこそ個性ある様々の民族楽器 民族音楽をちりばめどの民族をも癒し励まし和ませほほえませ談笑させるような音楽、そして背後のスクリーンには時々刻々変わるシベリア 極東ロシアからアムール流域 中国東北 鴨緑江流域 朝鮮・韓国そして日本列島 東海 西海等々の風土・自然(そこで朝鮮五葉松「=高麗松=ケードルなど)の映像。素材は私の『朝鮮五葉松への旅』に、詩人や民族や話などささやかだけれどもひとつの手がかりは用意しておいたつもりである。映像と取り組みたい人 音楽をたしなみたい人 これからの若い人たちそして幼い人たちのなかからひとつこの東アジア地域世界を 東北アジア地域世界を 映像で 音楽でとらえ描いてみたいという人があらわれないだろうか。

 東北日本大震災─大津波そして世界に放射能を撒き散らしつつある福島第─原発事故災害をひとつの転機に始まった
<終りの終り=始まりの始まり>を
一時期のこととして風化させるのではなく 
よき転機として<始まりの始まり>を、
自らの問題として推し進めるに必要な行動に、
この夢はなるのではなかろうか。

               (2012年6月13日 よしだ ごろう)

【参考】
●朝鮮五葉松のファイルはいくつかあったはずなのだが、みつからず一冊だけ見つかった。運良く、東アジアの東北アジア世界では一番なじみのうすいシベリア・極東ロシアのファイルである。まず、ナナイの辞書記述と東北アジア世界北辺の地図、「冬になると古代人の心が見えるーシカチリャンの人々と遺跡 武川俊二、”極東ーシベリアの自然・人・生活”毎日新聞社編一九九三年、人と織物・民芸品・家。部屋など四枚の写真、ナナイの人々9枚の写真、民芸品の写真多数、極東地域の構成,、ビキン川にシマブクロを追って アムールの自然誌 ユーリ・B・ブキンスキー著。勇敢なアズムーン アムールのむかし話(リブロ) G・バブりーシン画、、アムール地方の民話(新読書社)、ナナイ続のエヴドキャ・ガーエルさん講演会、バイコフ『私たちの友だち』岩波少年文庫、間宮林蔵、アムール皮・沿海州地域の人・セ勝・衣服 萩原眞子、シベリアの衣服ーナナイの魚皮を中心にー 加藤定子、映画『デルス・ウザーラ』、『シベリア先住民の歴史ーロシアの北方アジア植民地』ジェームス・フォーシス(彩流社)。アムールよ夢のまにまに花吹雪 野村佳雄,、『北東アジア民族学史の研究』加藤九ぞう、『シベリア民族玩具の謎』A・チャダーエヴァ 斉藤君子訳、ドキュメント 金日成の謎ーナナイと抗日連軍の関係、中国遼寧省森林経営研究所を訊ねて 川那辺三郎(「森林」97年7月)、以上
このファイルのほかに、ネットの吉田悟郎「世界史学とともに」にナナイの絵本紹介、三王昌代の「ナナイの村を訊ねて」-写真集、拙稿「北方アジア史を描く愉しさ その一」「北方アジア史を描く楽しさ 第二話」「東アジア史への試み」がある。自分ー地域ー日本ー世界の相互関連・相互浸透を考えれば、東アジア世界についても東北アジア世界とともに東南アジア世界ももちろん視野に上ってくる。琉球弧ー沖縄、台湾、南中国、ベトナム、フィリピン群島、インドネシアなどについては、拙著およびネットでの試行でいくらかの試論・材料がある。太平洋世界・オーストラリア世界・中南米世界そしてネパール・ブータンからパキスタン・インド 南アジア世界、片や中央アジア世界、北方ユーラシア世界 そして重要なイスラーム 中東世界 もちろん おなじみの欧米世界 わたしたちの属する世界 私たちにかかってくる世界は ひろがってゆく。
●道・白磁の人 浅川巧の生涯 小澤龍一 合同出版 2012.6
淺川伯教・巧兄弟資料館ブログ

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