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始まりの始まりも、今はじまったばかり【二】-(2)2012年3月21日 (水曜日)

2012年3月21日 (水曜日)

始まりの始まりも、今はじまったばかり【二】-(2)


『Forum高校生新聞』の読者の方には重複される方がいるかもしれないが、わたしの生き甲斐みたいなホームページで2001年4月に始めた『毎日更新ブナ林 便り』は、来る4月で11年目を迎える。
お約束の『Forum高校生新聞』の続稿がのびのびになっているのも、2011年3月11日以来の未曾有の危機の中 で、特に原発問題の諸情報へのアンテナ張りとその情報収集と整理という仕事のせいである、そこで、いま始めている一番大事な仕事を少しご覧になってい ただこうと考えた。
すでに『ブナ林便り』をお読みの方には重複するかもしれないが、ご勘弁を願いたい。
                   *
2011年12月12日から不定期でつけはじめた日録に名前をつけることにしました。『祖父が孫娘に語る乱世世界史』という名前です。
私は2012年2月で91歳になる老輩、次女の娘である孫娘「あやちクローデル」は浅草に
住み、老輩に手ほどきでツイッターなるものを伝授してくれました。イタリア人の音楽家Gianni Gebbiaがつくった『浅草のブレヒト』(鎌倉ZEN映画祭で2位、準グランプリになりました)に出演、楽曲提供もしている孫娘です。
また、≪吉田悟郎のブナ林便り・転》を発案・制作してくれている、頼もしいネチズンです。

『祖父が孫娘に語る乱世世界史 ―悟郎じぃじ から あやちクローデル へ― 』
わたしたちは生きてきた1945年から今日までを戦国乱世とは思ってきませんでした。戦勝国米国の従属国・属国として戦争帝國の余沢にあずかり、のうのうと「平和に」生きてこられたからです。実は1945年以降も沖縄で、朝鮮半島で、中国で、そして旧ソ連をめぐっても、東北アジア・東南アジアで、そしてインド・中東でも、中南米でも、はてはバルカンでも戦国乱世は続いてきたのです。
私たちは、そういう戦国乱世の世界を対岸のひとごとのように感じさせる、いつわりの「歴史」「世界史」を教えられてきたのです。マスメディアも同様、私たちを眠らせてきたのです。
1945年以来戦国乱世が続いていることを、沖縄の人々は実感で味わってきました。
近ごろやっと「本土」のわたしたちも沖縄の人たちの闘いによって「平和」ではなかったことを悟りはじめました。
そして2011年3月11日以降、のうのうと「平和」を満喫してきた日本列島の人々、とりわけ東日本に住む人々も、「この日本列島全体が「平和」なんかではない、まるで戦国乱世なのではなかろうか」という実感を持ち始めているのです。
そしてあらためて実世界に眼を開き始めると、どうでしょう。

最初に『毎日更新ブナ林便り』のIndexに載せた文章を読んでもらいましょう。少し長いけれども、「乱世世界史」の日々を瞥見する試みに誘われる糸口になるかと思います。


【『毎日更新ブナ林便り』index 】より。

いま野蛮化・地獄化しつくした「近代世界」の崩壊を私たちは目の当たりにしています。この数百年に一度しかない、眼前に繰り広げられる破局そして転換を、しかと記録に刻んで行きたいと思います。激変は、日々ではなく、時々刻々、進んでいます。
更新は刻々行わねばなりません。
愛読者の皆さま この世界の地鳴りに耳を澄ませていきましょう。

ヒロシマ・ナガサキ―最初の核の使用、沖縄戦に象徴される民間人を巻き込んだ凄惨な地上戦、全国非武装諸都市への無差別爆撃 ― 私は幾年か前から、これら私たちの体験は「野蛮化した近現代文明」の「終わりの始まり」と感じて、私の世界史の中にそう位置づけてきました。
そして、この2011年3月11日、はからずもその「終わり」という画期を迎えたと感じます。
極東の島国を襲った大変な地殻変動。
同時にユーラフロアジアの西方、北ア―中東の意味の違った地殻変動。
鶴見俊輔は言っています、「これは、日本文明の蹉跌だけではなく、世界文明の蹉跌につながるという想像力を、日本の知識人はもつことができるのか」、そして「<敗北力>を持とう」と説いています。
まことに然りと同感します。
そうだ、2011年が「終わりの終わり」という画期にったのです。

さあ、私たちは日本を、これから、そして人類は世界を、新しく生まれ変わらせることができるのでしょうか? 
数万人の死者、さらに多くの被災者と共に、「終わり」から脱出して、新生の世界史に歩を進めることができ
るのでしょうか。(以上『毎日更新ブナ林便り』indexから)

                    *


【2012年3月11日】日録より。
昨日3月10日は一回目の東京大空襲の 日だ。
二回目の5月の大空襲で私の東松原の家も罹災した。四年前『Forum高校生新聞』に書いた文章がある。
下記に、再録してみる。

世界史の野蛮化・地獄化の<終わりの始まり>
白樺湖の二谷さんから新しい『白樺便り』をいただいた。
その冒頭に「TBS系とNTV系とで東京大空襲に関するドラマが放映された。
TBS系では空襲罹災の33枚の写真を撮った石川光陽の物語に仕立てられていた。
他方NTV系の二夜連続のドラマはいくつかのエピソードをつないだものだが、歴史考証には、吉田裕氏の名があった。植民地下の朝鮮人の動きを織り込んだものだった。
・・・・3月10日の無差別爆撃計画は、関東大震災に学んで同じ場所・範囲を標的にし、油脂焼夷弾を使用した。言問橋の悲劇が作られたのであった。
無差別・絨毯爆撃が平然と行われたことが、ドラマであきらかにされている。
小生が隅田川を挟んで、反対側に住んでいたことを思い出す。」

私もこの東京大空襲のドキュメントとドラマは見た。
戦犯カーチス・ルメーの顔とクラスター式焼夷弾が無気味な音をあげて低空からばらまかれる地獄も再びしかと見届けた。
ドラマは5月25日の大空襲も扱っており、余り知られていないトンネルの野蛮な機銃掃射も再現されていた。
上野駅近くで機銃掃射に
やられる女主人公が<もうこんなひどいことはおしまいにしてくれ>という死に際の悲痛の言葉は胸を打つ。
この歴史の再現の試みはヒットだと思う。東京大空襲はその野蛮性と地獄性がたくみに隠されてきた。
昭和天皇の眼からも、東京のド真中に居りながら石川光陽が写した亡骸は隠された。
いっしょに見た人は「私たちは運良く生き残ったのね」と洩らした。
私自身は二回目の学徒出陣で運良く外地に行かず東京と横浜で軍隊生活を送れた。

3月-5月の東京大空襲と5月29日の横浜大空襲は軍隊で身近に体験した。
5月の東京空襲では留守宅の兄夫婦、二人の年寄りは被災し留守宅の私の蔵書・レコード類は灰燼と化したが、わが身は無傷で生き延びられた。
無差別・絨毯爆撃・クラスター式ナパーム焼夷弾の野蛮性・地獄性は十分全身で味わった。
世界史の野蛮化と地獄化を犠牲になり死んでいった者も生き残れた者も体験したのである。

その後の硫黄島・沖縄、ヒロシマ・長崎・・・その延長である。
ふりかえれば、これは世界史の野蛮化・地獄化の終わりの始まりであった。この終わりは20世紀末期から21世紀初頭にかけてまだ終ってはいない。

いまこの世界史の野蛮化・地獄化を最悪の形で味わわされているのが、中東-イラク戦争5年下のイク民衆であり封鎖されたガザ-西岸-東エルサレムのパレスチナ人である。
そして、かれらは世界の無視と沈黙の中で、この世界史の野蛮化と地獄化を終らせようと戦い続けている。

戦後の日本は、果たして世界史の野蛮化・地獄化とは無縁になっているのだろうか? 
沖縄を見よ、本土とともに、おとなにとってもこどもにとっても形を変えた<戦争状況下>の日常を、「新自由主義」
の構造改革後、「日米軍事体制再編」以後、体験させられているのではなかろうか。
もちろん、こういう世界史の野蛮化・地獄化を全面的に終息させる≪別の世界は可能だ≫という思想と運動が東西を逆転させ、南北を転換させ、野蛮化・地獄化の元凶を追い詰め、世界史の野蛮化・地獄化をもたらした構造をひっくりかえそうと育ちつつある。
ようやく、世界史の野蛮化・地獄化が音をたてて倒壊する時代が近づきつつある。


                *
【2008年3月22日】日録より イラク戦争5年。
もちろん、あの戦争で日本が、アジアの東北から東南にかけて果てはインパール・セイロン・アンダマンまで、一方太平洋の西半にわたり、日中戦争・「満州国」から、真珠湾攻撃で先に侵略戦争を始め、アジア―太平洋の諸地域・人々に多大の迷惑を加え、欧米帝国主義と同じ損害・差別・抑圧を行った歴史は消去できない。
私は軍隊にとられる前、学生の時に、下北沢のなじみの古本屋で見つけたのが、満鉄調査部の訳したソ連の研究者モトゥイレフの『太平洋をめぐる日米帝国主義の激突』だった。
実際の日米の激突の始まる何年か前のことである。
とにかくまだアメリカの大統領はヒロシマを訪れてはいない。
                    *


昨日、新刊の『 世界が見た福島原発災害・3 』を長女が購入してきてくれた。
大沼安史さんが訳編した新刊で、「いのち・女たち・連帯」という副題がついている。その末尾に「始まりのためのエピローグ」がおかれている。
もちろん、日本での「始まり」を試みているフクシマの女たちのことである。
2011年~2012年は まさに<終りの終り>の始まり、同時に<始まりの始まり>の始まった年になった。

今日は福島原発事故一年、テレビは朝から現地からの報道番組。
福島に本当に「一年」はあったのだろうか。

           2012年3月16日 よしだ ごろう

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