始まりの始まりも、今はじまったばかり【二】-(1)2012年2月15日 (水曜日)
2012年2月15日 (水曜日)
始まりの始まりも、今はじまったばかり【二】-(1)
畏友目良誠二郎さんは幼時福島県の浜通りに育った。
彼は比較史・比較歴史教育研究会で知り合い、いろいろ議論もしあった学友である。
彼は歌人でありカメラマンでもあり、3・11以後特に原発・核汚染・フクシマの喪失については、日々詠い日々写す大事なテーマにしている、賀状に選んだ歌を少しのせてみたい。
*大地揺れ海の襲ひて原発の危機に頻せる吾がふるさとよ(3/11)
*花見なば思ひ起こせよフクシマの見る人もなく咲き散る花を4/21)
*山笑ふ笠間に遊びフクシマの訪ふことできぬ故郷思ふ(5/4)
*大熊も双葉・浪江も富岡も町(まち)にしありて町(ちやう)にはあらず
(8/2)
*フクシマよ奥羽陸奥(みちのく)東北よ生ぎよ負げんな吾がふるさとよ(7/8)*野馬追を訪へば旅路に鳴りつづく計器ありたりウクライナ製の(7/24)
*改めてフクシマ問ひぬヒロシマとナガサキの日に非核の意味を(8/9)
*黄金なす瑞穂の湖(うみ)よ美しき汝をば汚せしを悪みぬ(9/30)
*んだんだとつぶやき聴きぬがんぱっぺがんばっぺとふ故郷の声を(11/7)
*名を知れば愛しきいのち野に潜み人世のおごりしばし忘れぬ(11/18)
*よくぞまあまた来てくれぬ鴨たちよほるか北から苦難の国へ(12/2)
2011年はたいへんな年だった。
私は『ブナ林便り』で「終りの終りの始まり」の年と名づけた。
そして、同年2011年は「始まりの始まりが始った」年だと思う。
霞ヶ関の経産省前のテントで、すわり込み「とおかとにち」を続ける
フクシマの「未来を孕む女たち」がそれを示していると思う。
目良さんのすすめで南相馬市に住んでいて、今福島市に移り、住んでいる詩人若松丈太郎さんのことを知り、昨年出た彼の著書『福島原発難民』(副題 南相馬市・一詩人の警告1971-2011年)2011コールサック社と、彼を“預言者の詩人”と名付けたアーサー・ビナードさんが若松さんと英和二ヶ国語で編み、一篇ごとに斉藤さだむさんの写真をつけた『ひとのあかし』2012清流出版を買ってきてもらった。
いま、フクシマで起きていることをすべて18年も前に見通して歌った詩人の本を読み始めている。(続く)
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